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神戸地方裁判所 昭和53年(ワ)302号 判決 1985年8月08日

原告(反訴被告)

株式会社新山本造船所

右代表者

江原守

右訴訟代理人

吉本範彦

石井嘉門

被告(反訴原告)

神戸発動機株式会社

右代表者

木村久吾

右訴訟代理人

大白勝

大藤潔夫

主文

1  被告は原告に対し、金六億円及びこれに対する昭和五三年三月一七日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告の反訴請求を棄却する。

3  訴訟費用は本訴、反訴とも被告の負担とする。

4  この判決は、1項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  本訴請求の趣旨

1  主文1項と同旨。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

3  仮執行宣言。

二  本訴請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

三  反訴請求の趣旨

1  原告は被告に対し、金三二八八万五〇二〇円及び各内金四六九万七八六〇円に対する昭和五四年ないし同六〇年の毎年六月一日から各支払ずみまで年六分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

3  仮執行宣言。

四  反訴請求の趣旨に対する答弁

1  主文2項と同旨。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

第二  当事者の主張

(本訴関係)

一  請求原因

1 原告は船舶の建造等を、被告は船舶用原動機の製造販売等をそれぞれ目的とする株式会社である。

2 原被告は、昭和五二年一一月一〇日、原告を買主、被告を売主とする左記売買契約(以下「本件契約」という。)を締結した。

(一) 目的物

三菱UEディーゼル機関9UEO五二/一〇五D形型式出力九三〇〇馬力(以下「本件機関」という。)

ただし、被告の納入する本件機関はロイド船級規格の試験及び検査を受けて合格したものでなければならない。

(二) 売買代金

金二億六五〇〇万円とし、次のとおり分割して支払う。

(1) 同五二年一一月一〇日、契約金五三〇〇万円

ただし、その支払のために満期同五三年二月二八日の約束手形を交付する。

(2) 同五二年一二月三一日、納入時金五三〇〇万円

ただし、その支払のために満期同五三年四月三〇日の約束手形を交付する。

(3) 同五三年二月二八日、中間金五三〇〇万円

ただし、その支払のために満期同年五月三一日の約束手形を交付する。

(4) 残代金一億六〇〇万円については、その支払のために同五三年七月ないし同年一二月の毎月末日を満期とする各約束手形を交付する。

(三) 納期及び引渡場所

同五二年一二月一〇日、原告の高知造船所岸壁にて船乗渡し。

3 原告は、同五二年一一月一五日、前記2(二)(1)の約定に基づき、金額五三〇〇万円、満期同五三年二月二八日の約束手形一通を被告に振出した。

4 原告は、同五二年一一月一六日、被告との間で、本件機関の納期を翌五三年一月中旬まで延期する旨を合意したが、同五二年一二月七日、被告は原告に対し、本件機関の預り証を交付して原告の指示があり次第いつでも本件機関を引渡す旨を約した。

5 原告は、同五二年一二月一六日、右約定に基づき、被告に対し同月二七日に本件機関を引渡すよう指示した。

6 同月一九日、被告は原告に対し、売買代金を即時現金で支払うか、又はそれに見合う確実な担保を提供するのでなければ、本件機関の引渡を拒否する旨を通告し、もつて被告の本件機関引渡義務の履行を拒絶した。

7 原告は、同五三年三月六日到達の書面をもつて、被告に対し、本件機関の引渡に替え金一二億八〇〇〇万円の填補賠償金を同日から一〇日以内に支払うよう催告し、もつて本件契約を解除する旨の意思表示をした。

8 原告は被告の右債務不履行により次の損害を受け、その額は金二二億一二九一万六六四三円に相当する。

(一) 作業停止による損害

(1) 本件機関は、当時原告の船台上で建造中の二〇九番船に装備予定の主機関であつたが、本件機関の納入拒絶によつて同船の全作業工程が同五二年一二月二七日から進行不能となり、右状況は、同五四年四月原告が訴外株式会社赤阪鉄工所から代替主機関を購入するまで継続した。

(2) さらに、原告の造船所には船台が一台しかないため、同船の建造作業だけでなく後続建造予定であった全ての船舶の建造計画も停止せざるをえないことになつた。

(3) 右の船舶建造休止による原告の損害額は、金四億四五二七万五〇〇〇円を下らない。

すなわち、同五一年一〇月から翌五二年九月までの原告の工場経費及び本社管理費、金利等営業外差損並びに事業税等の事業経費は、一日あたり金五九三万七〇〇〇円であり、これに本件機関の納入予定日であつた同五二年一二月二七日から本訴請求上の基準日である翌五三年三月一五日までの原告の稼働日数である七五日を乗ずると、右期間内における原告の事業休止による損害額は、金四億四五二七万五〇〇〇円と評価される。

(二) 信用失墜による損害

原告は訴外アティア・インコーポレイション(以下「アティア社」という。)との二〇九番船造船契約により、進水予定日である同五三年二月一九日に金五億八五〇〇万円の内払金を受領する予定であつたところ、本件機関の納入拒絶のため同日の進水が不能となつて、内払金の支払を受けることができなくなるのと同時に、アティア社からすでに受領していた前渡金五億五〇〇〇万円を同会社に返還しなければならないことになつて、資金予定が狂い、さらに本件機関の納入遅延のため同船だけでなく後続の造船計画が全て行詰まつて信用不安が広まり、遂には原告の倒産を招いたものであつて、これにより原告が業務上被つた損害は、金一〇億円を下らない。

一般に造船業者にとつて、建造中の船舶についての主機関の納入拒否が致命的な事態を招来することは明らかであり、被告はそれを熟知していた。

(三) アティア社との契約解除による損害

(1) 原告は、同五二年六月三日、アティア社と手取り代金二二億二〇〇〇万円で二〇九番船を建造する契約を締結した。

(2) 右契約において、原告とアティア社は建造船引渡を同五三年三月三一日と定め、引渡遅延の場合には引渡予定日経過二三日目から一日あたり金一一〇万円の遅延賠償額を予定しており、さらに引渡予定日から一〇五日以上引渡が遅延した場合には、アティア社において契約を解除できる旨を約した。

(3) 同船は、ロイド船級規格LRSの+一〇〇、A一、+LMC船級の定めとなつており、本件機関は材質検査の段階からロイド規格検査を経ていたため被告の納入拒否により、原告が一〇五日程度の遅れで代替機関を発注して同船を建造することは不可能となり、原告は同五三年七月二四日アティア社との造船契約を合意解除した。

(4) 原告は、その後訴外美作船舶株式会社を注文主として同船を完成し、同会社に代金一四億八八〇〇万円で売却したが、原告はアティア社との契約代金と美作船舶株式会社への売却代金との差額である金七億三二〇〇万円の損失を受けた。

(5) 原告はアティア社より、同五二年八月一二日に契約時金として金二億二二〇〇万円を、同年一一月一〇日に起工時金として金三億三三〇〇万円をそれぞれ受領していたが、契約の合意解除に伴つて右各受領の日から契約解除の日である同五三年七月二四日までの間、約定利率年八パーセントの割合による利息金の合計金三五六四万一六四三円をアティア社に支払い、同類の損害を被った。

(6) 以上、原告はアティア社との契約解除により、総額金七億六七六四万一六四三円の損害を被つた。

9 よつて、原告は被告に対し、債務不履行による損害賠償請求権に基づき、右損害額の一部である前記7の催告にかかる損害金一二億八〇〇〇万円の内金六億円及びこれに対する催告期間の経過後である同五三年三月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

1 請求原因1ないし3の事実は全部認める。

2 同4の事実のうち、原被告間で本件機関の納入延期の合意があつたこと及び被告が原告に預り証を交付したことは認めるが、被告が原告の指示あり次第いつでも本件機関を原告に引渡す旨を約したとの事実は否認する。すなわち、被告は原告の工程上の都合による納入延期を承諾したが、納入時金の支払期日は契約当初のとおり同五二年一二月三一日とするように原告に申し入れたところ、原告が本件機関の検収以前には納入時金の支払はできないというので、検収ずみの体裁を調えるため、預り証を発行したに過ぎない。

3 同5の事実は否認する。

4 同6のうち、原告主張の日にその主張のとおり被告が現金払又は担保の提供を求めた事実は認める。

5 同7のうち、原告主張の日にその主張の催告の書面が到達した事実は認める。

6 同8の事実について

(一) 同(一)の事実のうち、本件機関が原告の建造していた二〇九番船の主機関として装備される予定であつたこと及び原告の造船所には船台が一台だけしかないことは認めるが、被告の納入拒否が原因で同五二年一二月二七日以降同船及びその後に予定されていた造船計画の進行が休止状態となつたとの事実は否認する。すなわち、原告の同船の建造計画は、同月一〇日から船台上の作業を本格的に開始して翌五三年一月中旬に本件機関の納入、同年二月一九日に進水の予定であつたものであるから、本件機関の納入がなくても同年一月中旬までは作業工程に支障はなかつた。また、原告は遅くとも同月一〇日には倒産することを決意していたものであり、同日以降、正常な営業継続を前提とした損害が発生する余地はなかつた。

(二) 同(二)の事実は否認する。原告の倒産は、後述のように原告の主要取引先の業績悪化ないし倒産が原因であつて、被告の本件機関不納入によるものではない。

(三) 同(三)の事実は否認する。アティア社との契約解除は原告の倒産がその原因である。

三  抗弁

1 担保提供の合意

(一) 被告は、同五二年一二月一九日、原告に対して本件機関の代金債権及び別途債権確保のため担保の提供を求めたところ、同月二六日原告は被告に担保を提供することを約したが、その具体的な方法及び時期については、翌五三年一月一〇日に決済予定の被告の原告に対する別途手形債権の支払状況を見た上で協議することが合意された。

(二) 原被告は、同月一四日担保権設定について協議を開始し、被告が原告に対する債権を訴外大盛丸海運株式会社(以下「大盛丸海運」という。)に譲渡し、同会社を根抵当権者として原告所有不動産に極度額二億円の根抵当権を設定する旨が合意され、同月二三日には登記関係書類もととのい、同月二六日には、根抵当権設定登記手続が法務局に受理された後に本件機関を原告の高知造船所に出荷する旨の確定的合意が成立した。

(三) ところが、大盛丸海運が同日夜になつて債権の譲受け及び根抵当権者となることを拒絶したため、右方法による原告の担保提供は不可能となつた。

(四) しかしながら、原告は、同月二三日及び二六日の被告との担保権設定の合意に基づき、根抵当権者となるべき新たな第三者を求めるなり被告に直接担保権を設定するなりの方法によつて、担保提供の義務を負つているものというべきであつて、被告は右義務の提供があるまで本件機関の引渡を拒絶できる。

2 事情変更による履行拒絶権

仮に、原被告間で担保権設定の合意が成立していなかつたとしても、

(一) 同五二年一二月頃、原告の主要な取引先である相模船舶工業株式会社、大和海運株式会社及び旭交易株式会社(以下「相模船舶」、「大和海運」及び「旭交易」という。)は経営逼迫の状態にあり、原告自身の経営にも不安を生じていた。

(二) 同月二八日、相模船舶が会社整理申立を行い、翌五三年二日八日には原告が和議申立を、同月一〇日には大和海運が和議申立を、旭交易が会社更生申立を行つて、右四者とも倒産した。

(三) 本件契約の代金は、全て本件機関の納入後に手形決済されるものであるところ、右のように契約締結後に原告の財産状態が悪化した場合には、先履行義務を負つている被告は、原告が担保を提供する等、原告の義務の履行が確保されない限り、信義則上その義務の先履行を拒絶できるものと解すべきである。

3 引渡義務の消滅

原告は、同五三年一日二七日以後、本件契約に従つて本件機関の代金を円満に支払う意思を有していなかつたから、双務契約の性質上、被告の本件機関引渡義務自体が消滅した。

四  抗弁に対する認否

1 抗弁1について

(一) 同(一)の事実のうち、原告が同五二年一二月二六日被告に対して担保の提供を約したことは否認し、その余の事実は認める。

(二) 同(二)の事実のうち、同五三年一月二六日に原被告間で、担保権設定の確定的合意が成立したことは否認する。すなわち、根抵当権設定の時期につき、原告は、被告の本件機関の運搬船が原告の高知造船所の岸壁、少なくとも高知湾内に入つた時に根抵当権を設定することを主張しており、根抵当権設定登記後の本件機関の出荷を主張する被告との間で折合いがつかず、担保権設定についての最終的合意は成立しなかつた。

(三) 同(三)の事実は認める。

(四) 同(四)の主張は争う。

原被告間に担保権設定の合意は成立しなかつたものであり、原告の担保権設定義務の先履行を前提とする被告の主張は失当である。

2 同2について

(一) 同(一)の事実は否認する。すなわち大和海運及び旭交易の両会社は、原告と相互保証の関係にあつたため、原告の倒産が右両会社の倒産を惹起させたのであつて、その逆ではない。また、原告は、相模船舶倒産当時同会社から支払手形の相当部分を取り返しており、そのため逆に原告が同会社に債務がある状態であり、相模船舶の倒産によつて原告は損害を受ける立場にはなかつた。当時、原告には約一〇億円の余裕資金があつたほか、国も日銀主導で造船業界に対する協調融資を策定し、原告にも一二億円の融資予定が確定されていた。原告の倒産は、被告の本件機関の納入拒否による操業不能及びそれに基づく信用不安が原因である。

(二) 同(二)の事実は認める。

(三) 同(三)の主張は争う。被告は、原告に担保提供の申入れをするについて、原告主要債権者への調査や取引銀行への信用照会もしておらず、原告に対して被告が感じている信用不安の具体的根拠を示すこともなく、単に当時の造船業界一般に対する信用不安を根拠に原告に対し契約条件の一方的変更を迫つたものに過ぎない。

3 同3の事実は否認する。

五  再抗弁

仮に抗弁1(二)の担保権設定の合意が成立したとしても、被告は同五三年一月二七日原告に対し、さらに本件機関の代金及び別途債権の合計金三億五九八〇万円を即時現金で支払うか、又はそれに見合う確実な担保を提供するのでなければ、本件機関の引渡は拒否する旨通告し、もつて抗弁1の担保提供の合意の存在を否認してこれに基づく担保の受領を拒絶する意思を明確にし、あわせて被告の引渡義務の履行を拒絶する意思を明確にした。

六  再抗弁に対する認否

再抗弁事実のうち、原告主張の日にその主張のとおり被告が現金払又は担保の提供を求めたことは認める。

(反訴関係)

一  請求原因

1 本訴請求原因1の事実と同じ。

2 原告は、昭和五三年二月八日、神戸地方裁判所に和議開始を申立て、同年一〇月一三日左記条件で和議可決され、同月一七日に和議認可が決定されて同年一一月九日右決定が確定した。

(一) 和議債務者(原告)は、和議債権元本の三五パーセントを和議認可決定確定後六か月を経過した月の月末を第一回として、以後一か年に五パーセントずつ七回で返済する。

(二) 和議債権者は、和議債務者に対し、その余の元本債権並びに利息及び損害金を免除する。

3 被告は原告に対し、本件機関の売買代金債権を除き、総額九三九五万七二一三円の和議債権を有している。

4 よつて、被告は原告に対し、右和議条件に基づき、和議債権の三五パーセントである金三二八八万五〇二〇円及び各内金四六九万七八六〇円(和議債権の五パーセント宛)に対する各弁済期の翌日である同五四年ないし同六〇年の各六月一日から支払ずみまで商事法定利率年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因事実は全部認める。

三  抗弁

1 本訴請求原因と同じであり、原告は被告に対し金二二億一二九一万六六四三円の損害賠償請求権を有する。

2 原告は、同五九年九月二〇日の本件口頭弁論期日において、右損害賠償請求権のうち本訴請求にかかる金六億円を控除した部分とその対当額において相殺する旨の意思表示をした。

四  抗弁に対する認否

抗弁1の事実についての認否は本訴請求原因に対するそれと同じである。

第三  証拠関係<省略>

理由

第一本訴について

一請求原因1ないし3の事実は、当事者間に争いがない。

二同4のうち、本件機関の納入延期の合意及び預り証の交付の各事実、同6のうち、現金払又は担保提供の要求の事実、同8(一)のうち、本件機関が二〇九番船の主機関として予定されていた事実及び原告の造船所には船台が一台しかない事実、抗弁1(一)のうち、昭和五二年一二月二六日原告が担保提供を約したとの点を除くその余の事実、同1(三)(大盛丸海運の拒絶)の事実並びに再抗弁のうち現金払又は担保提供の要求の事実はいずれも当事者間に争いがなく、これらの事実に<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

1  原告は、昭和五二年一一月一六日ころ被告に対し、工程上の都合により本件機関の納入期日を翌五三年一月中旬に延期したい旨申入れ、被告もこれに同意した。なお、被告は遅くとも同五二年一一月下旬にはいつでも本件機関を原告に納入できる状態にあつた。

2  被告は、右納入期日の延期については承諾したが、本件契約において同年一二月三一日に交付を受ける約束であつた金額五三〇〇万円(納入時金)の約束手形については約定どおりに交付を受けたいと考え、原告に対し同月五日付のその旨の請求書を送付し、同月六日その旨をさらに申入れた。その際被告は、原告の方で本件機関の検収前に右手形を振出すことが困難な内部的事情があるなら、検収ずみの形式をととのえるため、被告において原告の納入通知あるまで本件機関を預かる旨の預り書を差入れてもよい旨提案し、同月九日その旨の預り書(甲第三号証)を原告に差入れた。

3  これに対し、原告は、被告が右手形の交付を熱心に要求することから、被告が資金繰りに因窮しているものと判断し、むしろ本件機関を装備する予定の二〇九番船の建造工程を促進してでも、本件機関を早期に納入させる方が得策と考え、同月一六日及び同月一九日の二回にわたり、原告の事業部長代理立石泰三から被告(営業部長(付)安積亮二)に対し同月二七日に本件機関を納入するように通知させた。

4  そのころ被告は、逆に原告の経営内容に不安がある旨の情報を得て、同月一九日原告に対し、本件機関の代金及び別途債権合計三億五九八〇万円を即時現金で支払うか、又はそれに見合う確実な担保を提供することを一方的に要求し、右要求がいられない限り本件機関の引渡を拒否する旨言明した。原告は右要求を拒否した。

5  その後同月二六日、原被告双方代表者が直接被告の右要求について協議したが結論が出ず、翌五三年一月一〇日に原告の被告に対する別途債権約四七五〇万円の支払手形の満期が到来するので、その支払の状況を見て再度協議することとなつた。

6  同月一四日原被告間において再度協議が行われたが、被告は前記要求を強く維持して譲らなかつた。

船台上で建造中の船舶(二〇九番船)について、主機関が納入されないと、その後の建造工程を進行させることができず、取引先の信用不安が広がるばかりか、原告の高知造船所には船台が一台しかないため、同船のみならず後続建造予定の全ての船舶建造作業も不可能となり倒産せざるをえなくなるため、原告は苦慮した末、原告所有の土地(時価約三億円)に二億円を限度として根抵当権を設定することに同意した。しかし、被告が抵当権者になると、他の取引業者も一斉に原告に担保提供を要求してきて収拾がつかなくなるおそれがあつたので、原告は抵当権者を第三者名義にすることを要望した。

その結果被告もこれを承諾し、当時原告に二一一番船の建造を注文していた大盛丸海運が被告とも関係が深かつたため、原被告間において、同会社を根抵当権者とし、極度額を二億円とすること、被告の債権を大盛丸海運に譲渡すること等が決定され、その後同会社もこれを承諾し、同月二三日に債権譲渡及び根抵当権設定の各契約書が作成された。

7  同月二四日には根抵当権設定登記手続に要する書類は全てととのつたが、本件機関の引渡と同時に登記手続をしようとする原告に対し、被告は登記手続の先履行を強く主張して譲らず、同月二六日午後に至つて原告もやむなく被告の主張をのみ、双方司法書士事務所に登記手続を委任した。しかし、当日は法務局の受付時間が経過していたので翌日申請手続がとられることになつた。

8  ところが、同月二六日夜大盛丸海運が、突然根抵当権者になること及び被告からの債権の譲受けについて拒絶の意思を表明してきたため、被告は翌二七日午前原告に対し、前記根抵当権設定の合意に反し、改めて本件機関の代金及び別途債権合計金三億五九八〇万円を即時現金で支払うか、又はそれに見合う確実な担保を提供しないかぎり、本件機関を引渡さない旨通告した。

以上の事実が認められ、<証拠>中右認定に反する部分は信用することができず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

三(被告の抗弁1について)

前項の認定事実によれば、本件機関の納期については、同五三年一月中旬に延期することに一旦合意されたのち、原告から預り書に基づき改めて同五二年一二月二七日とする旨の指定がされたが、被告の担保提供要求等により翌五三年一月一〇日以降に再協議することとなり、同月二六日に至つて根低当権設定登記手続完了後とする旨の合意(抗弁1の合意)が成立したものと解するのが相当である。

ところが、同日夜大盛丸海運が債権の譲受け及び根抵当権者の地位に立つことを拒絶する意思を表明したものであるから、ここにおいて原被告は同会社に翻意を促すか、又は従前の合意(第三者を根抵当権者として原告所有土地に極度額二億円の根抵当権を設定すること)に基づいて根抵当権者となるべき新たな第三者の指定を協議すべきところ、被告は一方的に同月二七日直ちに原告に対し、右の合意に反して、新たに合計金三億五九八〇万円の現金支払か、又はこれに見合う担保の提供をしなければ本件機関を引渡さない旨を明確に表明し、右合意の存在を無視するに至つたものというべきである。

したがつて、仮に原告が右合意に基づき根抵当権者となるべき新たな第三者の指定を被告と協議しようとしても、もはやその効果を期待することができないことは明らかであり、このように従前の合意の存在を否認する被告にしては、信義則上原告は口頭の提供を要せず、また被告は右合意を盾にして根抵当権設定登記の完了するまでは本件機関の引渡義務の履行期が到来しない旨(同時履行の抗弁権)の主張をすることが許されない。

よつて、被告は同月二七日以後は本件機関の引渡義務について履行遅滞におちいつたものと解するのが相当であり、再抗弁は理由がある。

四(被告の抗弁2について)

被告は、原告が同五二年一二月ころ経営に不安を生じていた旨主張するが、本件全証拠によつてもこれを認めるに足りない。

かえつて、抗弁2(二)の事実は当事者間に争いがなく、この事実と<証拠>を総合すれば、原告の取引先である相模船舶が同月二八日倒産したが、原告は同会社から二〇七番船、二〇八番船の建造の注文を受け、その建造代金合計金四一億六〇〇〇万円の債権を有していたところ、同月二三日右建造契約を合意解除して右二隻の船舶を原告の所有に戻したため実損害を受けなかつたこと、原告が同五三年二月八日和議の申立をしたのは、被告が本件機関を納入しなかつたことがその主たる原因であること、また原告の倒産により、その余波を受けて原告の取引先である大和海運及び旭交易が倒産するに至つたものであつて、右両会社の経営悪化が原告の倒産の原因ではないことが認められる。

したがつて、原告の経営の不安を前提とする被告の抗弁2も採用することができない。

五(被告の抗弁3について)

被告は、原告が同五三年一月二七日以後本件機関の代金を支払う意思を有していなかつた旨主張するが、本件全証拠によつてもこれを認めることができないから、これを前提とする被告の抗弁3は理由がない。

六(被告の責任)

請求原因7のうち、原告が同五三年三月六日到達の書面をもつて、被告に対し、本件機関の引渡に替え金一二億八〇〇〇万円の填補賠償金を同日から一〇日以内に支払うよう催告したことは、当事者間に争いがない。

前記二の認定事実及び弁論の全趣旨によれば、右書面によつて原告は本件契約の解除の意思表示をしたものと解され、したがつて、これにより本件契約は解除されたものというべきである。

そうすると、被告は原告に対し、前記履行遅滞に基づいて原告の被つた損害を賠償する責任がある。

七(損害)

1  作業停止による損害 金二億八四九七万六〇〇〇円

<証拠>によると、原告は本件機関の納入拒否により、二〇九番船の作業工程が進行不能となつたのみならず、後続建造予定の全ての船舶の建造計画を停止せざるをえなくなり、その状態は同五四年四月ころまで継続したこと、原告の同五一年一〇月一日から同五二年九月末日までの工場経費、本社管理費、金利等の営業外差損及び事業税は、一日あたり金五九三万七〇〇〇円(一〇〇〇円未満切捨)であることが認められる。

そうすると、被告が履行遅滞におちいつた同五三年一月二七日から原告が請求の基礎とする同年三月一五日までの日数(四八日)に右金額を乗じた金二億八四九七万六〇〇〇円が、少なくとも右期間の作業停止による損害というべきである。

2  原告の信用失墜による損害金二億円

<証拠>によれば、原告は被告の本件機関の納入拒否により信用不安が広まり、遂には倒産を招くに至り、同五三年三月一六日から約一年間事業を休止せざるをえなくなつたことが認められる。

原告は、右倒産によつて信用を失墜した損害が一〇億円である旨主張するが、これを認めるべき的確な証拠はなく、<証拠>によれば、原告の同五二年四月から九月までの経常利益は一億四七〇〇万円余にとどまることが認められるから、原告の右一年間の事業休止がなければあげえたものと認められる収益を控え目に見積つて二億円とし、これをもつて原告の信用失墜による損害と認めるのが相当である。

3  アティア社との契約解除による損害 金七億六七六四万一六四三円

<証拠>によれば、原告は同五二年六月アティア社との間に手取り代金二二億二〇〇〇万円で二〇九番船を建造する契約を締結したが、被告の本件機関納入拒否により、約定の期日に同船を建造することができず、同五三年七月二四日右契約を合意解除せざるをえなかつたこと、原告は右契約に基づき、アティア社から同五二年八月一二日に契約時金として二億二二〇〇万円を、同年一一月一〇日に起工時金として三億三三〇〇万円をそれぞれ受領していたが、右合意解除に伴い、右各受領の日から合意解除の日までの約定利率年八パーセントの割合による利息として、合計金三五六四万一六四三円を支払つたこと、原告はその後同船の主機関をNK規格に変更して他より購入し、船級自体もNK規格に変更して同船を完成し、同五四年五月ころ美作船舶株式会社を介して他に一四億八八〇〇万円で売却したことが認められる。

右認定の事実によれば、アティア社との契約解除により、同会社に支払つた右利息並びに同会社との契約代金と右売却代金との差額の合計金七億六七六四万一六四三円と同額の損害を被つたものというべきである。

八そうすると、被告に対し、前項の損害合計金一二億五二六一万七六四三円の内金六億円及びこれに対する催告期間経過後である同五三年三月一七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の本訴請求は、理由がある。

第二反訴について

一請求原因事実は全部当事者間に争いがない。

二原告は、本訴において前記第一の八の損害残額六億五二六一万七六四三円を自働債権とし、被告の和議債権を受働債権とする相殺の意思表示をしたので、被告の和議債権はこの相殺により、各履行期に遡つて消滅したものというべきである。

三したがつて、右和議債権及びこれに対する遅延損害金の支払を求める被告の反訴請求は、理由がない。

第三結論

以上の次第であるから、原告の本訴請求を認容し、被告の反訴請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、仮執行の宣言につき同法一九六条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中川敏男 裁判官上原健嗣 裁判官小田幸生は転任のため署名押印することができない。)

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